ひふみよ 小沢健二コンサートツアー二零一零年五月六月 @ 神戸国際会館 2010-06-06 

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僕は自分のことを小沢健二の熱狂的なファンだとは思っていなかった。そもそもパーフリは「恋とマシンガン」しか知らなかったし、彼が最も商業的に成功(?)していた2ndアルバム『LIFE』期は、1stアルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む』(小沢自ら名付けた略称は『犬』)の頃とのキャラクターの落差に、僕はある種の偽称を感じてしまって諸手を上げて付いて行くことができなかったのだ。裏返せば、それだけ僕にとって『犬』は重要なアルバムだったと言うことも出来るけど。
今回のツアーは彼にとって13年振りのコンサートだということだったが、僕にとっては初めての小沢健二のコンサートであった。『LIFE』期の楽曲が中心ということで、世間のみんな同様、何で今になって?、という疑問符が常に頭の上に浮遊していた。世間のプラチナチケット化を他所目にさくっと手に入ったチケットは1階13列目という良席。懐メロ大会だったらがっかりだな、と思いながら会場に着きました。客はやはり年齢層ちょい高め、ベレー率、ボーダー率高し。
(ここから講演の核心に触れる記載が出て来るかも知れません。ネタバレを希望しない人は読まないで下さい。僕は不親切なので折りたたみません。)

暗闇の中で "ひ、ふ、ひ・ふ・み・よ!" のかけ声とともに「流星ビバップ」が始まる。途中で詩の朗読。ペンライトのような明かりでようやく小沢の姿がかすかに見える。2003年のニューヨークの大停電のときの感覚を共有するための暗闇であることが明かされる。暗闇のまま「ぼくらが旅に出る理由」が始まり、"♪遠くまで旅する~" のサビの部分でバッとステージに照明! オザケンデコヤバイ。
こんな感じで始まったコンサート。3時間という長丁場にもかかわらずその長さを全く感じさせない、とてつもなく多幸感に包まれた素晴らしいものでした。
曲の間に何度か散文詩的な朗読を挟むというスタイル。朗読のバックはラテンっぽい13拍子のインスト曲。これ新曲だそうだが、メンバーのキュートな振り付けが笑いを誘う。
「天使たちのシーン」は大幅にメロディーが変えられていて、「東京恋愛専科」のイントロのメロディーも微妙に変わっていて、「ラブリー」は新しい歌詞を練習させられるし、「天気読み」は人力エレクトロディスコの4つ打ちダンスヴァージョンになっててカッコ良すぎるし、「ドアをノックするのは誰だ?」では振り付けて踊ったし、まさか「カローラⅡ」や「ブギーバック」までやるなんて、まさか『Eclectic』の曲までやるなんて(「麝香」ね)・・・と躁状態で延々語りたくなるような本当に楽しいライヴだったのですよ。
新曲「時間軸を超えて」がとてもいい曲。「シッカショ節」は、まぁ遅かれ早かれみんな民謡に行く時期ってあるよね(くるりの新曲とか)、というくらいの感想。
で、おそらく間で挟まれる朗読が、今回オザケンがいちばん伝えたかったこと、やりたかったことなんじゃないかと僕は邪推してるのですが、内容は『うさぎ!』や以前エリザベス・コールと行ったワークショップの延長線上のもので、簡単に言うとアメリカ型文化のグローバリズム化批判もしくは啓発。言っていることには僕は共感するし正しいと思うけど、オザケンの場合 "お前が言うな" 的な欺瞞を感じてしまうのも確か。えーっと、どう言ったらいいかなぁ。黒柳徹子が宝石とかを全身にまとったものすごく着飾った格好で、アフリカの貧しい国とかにユニセフの活動で行っているのを見るときの感覚に近いとでも言うか。それでも自転車の話とかは面白かったけどね。

まぁそういった諸々も含めて、最初に書いたようにとてつもない多幸感が与えられる、今どき珍しいエクスペリエンスでした。号泣してるひともいたらしい(相方情報)。
まだ体験していないひとは、難しいとは思うけど、残りの公演、どうにかしてもぐり込むべき。僕も出来たらもう1回観たいもん。
あと、全公演そうなのかわかりませんが、TVカメラ入ってました。録ってたのはエリザベス・コール女史で、ずっと僕の真後ろにカメラ立てて撮影していました。二次生産物として世に出るのか出ないのか知りませんが。
・・・何だか取り留めのないレポートになってしまったなぁ。正直、ひふみよについてはまだ冷静に書けるほどの時間を得ていないのです。

セットリストは↓で(他所様のblog等をいくつか参考にさせて頂きました)。
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